「ねえ、この漢字なに?」 「これ? 惜しいでしょ。ちょっと違っちゃた(笑)」
返ってきた小学校最後の漢字テストを見て、私は思わず吹き出してしまいました。長女は春から中学生だというのに、雰囲気だけでオリジナルの漢字を創作してしまう癖は相変わらずです。
パッと見は合っているようで、よく見ると部首が謎の合体を遂げている漢字。
同じ読み方だけど、全然違う漢字
送り仮名が間違ってる漢字……
教師時代の私が見たら、「中学に向けて正しい字を覚えさせなきゃ!」と眉をひそめていたかもしれません。
____でも今は、これでいいやと思っています。
なぜなら、このテストの日まで、長女が、「めんどくさいな〜」とぼやきながらも、誰に言われるでもなく自分で計画を立てて、毎日机に向かっていたことを、私が一番よく知っているからです。
漢字テストの結果はいまいちだったかもしれない。でも、面倒なテスト勉強から逃げずに「自分なりに取り組んだ」という事実は、100点満点だからです。
親なら誰だって、我が子には「できること(結果)」が増えてほしいと願うものですよね。
テストの点数、跳び箱の段数、英検の級……。
だけど、私は「何ができるか」よりも、「どう向き合うか」の方が、大切だと思うのです。
毎晩、泣きながら机に向かっていた小3の夜
長女はとにかく、漢字練習という宿題が嫌いでした。
今でこそ、自分の機嫌を取りながら勉強に向き合えるようになりましたが、小学3~4年生の頃の長女にとって、漢字は「ただただ苦しくて、向き合いたくない巨大な壁」だったんです。
面倒くさいしやりたくないから、どんどん後回しにする。
気づけば時刻は夜の9時過ぎ。眠い目をこすりながら、不機嫌全開で、時には泣きながらノートに向かう日々でした。
それを見た親の私が、喉まで出かかった言葉。それは、
「嫌でも早くやりなさいよ! 先にやらないからこうなるんでしょ!」
ド正論です。教員の立場だったら、迷わず保護者の方に「生活リズムを崩さないように、宿題の時間を見直しましょう」とアドバイスしていた案件です。
でも、私は、その言葉をぐっと飲み込みました。
「やりなさい」を飲み込んだ理由
もしここで、私が無理やり時間を管理して、「夕飯の前にやりなさい」と強制したらどうなるでしょうか?
おそらく、宿題は終わるでしょう。生活リズムも整うかもしれません。
でも、長女の中に残るのは「親にやらされた」という感覚と、「漢字はやっぱり嫌い」という気持ちだけ。
私が育てたいのは、漢字をきれいに書く能力(何ができるか)じゃない。「漢字を好きにさせること」でもありません。
「やりたくない、面倒くさい」という自分の弱い心を一度認めた上で、「じゃあどうすれば取り組めるか?」を考えて実行する力。
いわば、嫌な気持ちごと自分自身と向き合う力です。
そう考え直した時、喉まで出かかっていた正論が、スッと引っ込みました。
だから私は「早くしなさい」の代わりに、こう提案しました。
「ねえ、どうやったらやる気が出るか、いろいろやってみようか」
ベランダでも、床でもいい。「自分のやる気スイッチ」を探す実験
私と長女は、「どうしたら、やりたくない宿題に、自分の気持ちで取り組めるか。」いろいろと試しました。
正解なんてありません。とにかく手当たり次第です。
- 風に吹かれながらベランダでやってみる。
- 机じゃなくて、床に寝転がってやってみる。
- 好きな音楽をガンガンかけながらやってみる。
- 夜は諦めて、朝、学校に行く前の15分に賭けてみる。
側から見れば「姿勢が悪いよ、ちゃんとやった方がいい」と思われるかもしれません。
でも、そこは今は関係ないんです。とにかく自分の気持ちのスイッチが入る方法探し。これだけ。
「あ、音楽があると意外と進むかも」「ベランダは寒いから無理だったわ」
そんなふうに、あーだこーだと試行錯誤する時間そのものが、長女にとって「自分の気持ちをコントロールする方法を知る」大切な授業になっていきました。
漢字はいまだにミスするけれど、向き合えるようになった
あれから数年。もうすぐ中学生になる長女。
冒頭の通り、いまだに、漢字のミスは多い…笑
凡ミスはしょっちゅうだし、漢字に対する苦手意識もゼロにはなっていません。
でも、以前とは決定的に違うことがあります。それは、
誰に言われなくても、自分から漢字練習に取り組めるようになったことです。
「めんどくさいな~」とぼやきながらも、「でも、音楽聴きながらならやれるわ」と、自分で自分のスイッチを入れて、淡々と課題をこなしています。夜まで後回しにすることもありません。
無理をして必死になるわけでもなく、自分のペースで、たんたんと。
先日、長女が書いた卒業文集の下書きを読ませてもらったら、こんな言葉が書いてありました。
「苦手なことも、あきらめないでやっていれば、きっとできるようになる。だから私はこれから先、困難なことがあっても、あきらめずに立ち向かう。」
これは習い事での経験をもとに書いたものですが、勉強も、これからの人生も、きっと同じです。
何度失敗しても「きっとできるようになる」と信じられること。
私が育てたかったのは、目に見える成績という結果ではなく、どんな雨風にも負けない、「心の強さ」だったんです。
正解を探すのをやめて、一緒に面白がろう
今、目の前で宿題をしない我が子にイライラしてしまう。教員時代によく相談された悩みの1つです。
私自身もまさに子育てをしながら、家で宿題をやらせる難しさを感じました。だから、気持ちはよくわかります。
でも、ちょっと見方を変えてみてほしい。
もしその子が今、壁にぶつかっているのだとしたら。
それは、心を強くする、心の根っこを太くするチャンスかもしれません。
「早くやりなさい」と背中を押すのではなく、「手伝ってあげるからやっちゃおう」って助けるのでもなく
「どうしたら、自分の気持ちが宿題に向くか」、お子さんと一緒に実験を楽しんでみませんか?
うまくいかなくてもいい。笑い飛ばしちゃえばいいし、うまくいかなかったことこそ良い経験になります。
テストの点数はいつか過去のものになりますが、そこで培った「心の根っこ」は、一生お子さんを支え続けるはずです。
このブログでは、そんな「心の根っこ」を太くするための、わが家の試行錯誤を綴っていきます。
失敗も、遠回りも、全部ネタにして。
正解はなかなか見つからない子育てだから。せっかくなら、一緒に楽しんでいきましょう。

